Prologue
たかしは、優先道路を走っていた相手の車に一時停止を無視して横から突っ込こむ交通事故を起こした。たかしは無傷だが、相手怪我を負わせてしまった。どうすれば良いか分からずにいたところ知り合いのエイコからてんびん先生の話を聞いた。
交通事故を起こしてしまって…来月の示談交渉で賠償金をできるだけ払わないようにしたいんです!
つまり、たかし君が加害者の立場で交渉を有利に進めるポイントが知りたいんですね。
はい、そうです!あと…自賠責保険には加入しています!
なるほど!自賠責保険にしか加入していないんですか?
示談交渉を有利に進めるうえで加入している保険はとても重要です。加入している保険によって賠償金が違いますから。
そうなんですか!自分が何の保険に入っているのかしっかり確認しないといけませんね!
そうですね。では、自賠責保険にのみ加入している場合で、かつ加害者として示談交渉を有利に進めるためのポイントについて解説します。
ここがポイント!
- 賠償金の支払い基準を知る
- 提示された賠償金の根拠を細かく確認する
- 過失相殺、逸失利益の項目に交渉の力を入れる
- 示談で終わらせる
- 示談交渉後の準備
なるほど!では、示談交渉を有利に進めるためのポイントを解説する前に示談交渉とは何かを説明します。
示談交渉とは?
示談
損害賠償の解決方法の一つであり、裁判外で被害者・加害者がお互いに歩み寄り、妥当な賠償金の授受を約束して円満に解決を図るものです。保険基礎用語集
なるほど!でも、賠償金って言われても何のことやらさっぱりです!
確かにそうですね!賠償金を大きく分けると4つの項目に分かれます。
賠償金とは
賠償金の4つの項目
- 積極損害(治療費、入院費、葬儀費用など)
- 消極損害(休業損害、逸失利益など)
- 慰謝料(精神的・肉体的苦痛に対する損害)
- 物損(壊された物の損害)
この4つの項目について請求される賠償金を交渉によって安くすることができれば良いんですね?
その通りです!では、示談交渉を有利に進めるためのポイントを説明します。
賠償金の支払い基準を知る
もう一度確認しますが、たかし君が加入しているのは自賠責保険のみですよね?
そうです!というか、保険は自賠償保険以外にどのような保険があるんですか?
保険は大きく分けて二つです。自賠責保険と任意保険です。
自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)
自動車の所有者に加入義務を課し、交通事故による犠牲者の救済を目的とする保険。大辞林 第三版
任意保険
加入を当事者の自由とする保険。大辞林 第三版
任意保険に入っている場合何が変わってくるんですか?
賠償金について大切なことですが、加害者の加入している保険会社によって被害者が請求できる慰謝料が変わります。たかし君がもし任意保険に加入していた場合、保険会社の裁量で設定されている慰謝料が請求されます。そのため、賠償金の支払い基準が変わってきます。
たかし君の場合、自賠責保険のみ加入しているということなのでその場合についての賠償金支払い基準を説明します。
自動車損害賠償保障法第16条の3とによると、自賠責保険の賠償金の支払い基準は下記に保障されています。
- 保険会社は、国土交通大臣と内閣総理大臣が定める支払基準に従って支払わなければならない。
- 国土交通大臣と内閣総理大臣は支払基準を定める場合、公平で迅速な支払の確保を考慮し、定めなければならない。
どうしてこの支払い基準一覧表を確認しておく必要があるんですか?
事前に支払い基準一覧表を確認することで、被害者から請求されている賠償金が高いのか低いのかを正確に認識することができ、交渉の戦略を練ることが出来るからです。
提示された賠償金額の根拠を細かく確認する
たかし君は、相手が事故でどのようなケガをしたか聞いていますか?
えっと~、たしか運転席の女性は腰を打撲、助手席の男性はろく軟骨を痛め全治4週間のケガだと保険屋さんから聞いています。
そうなると、賠償金の4つの項目すべて請求されます。たかし君は、賠償金の4つの項目を覚えていますか?
正解です!この賠償金の4つの項目はたくさんの細目に分かれています。その細目1つ1つに被害者は根拠を持って請求してきます。
たかし君の場合、運転席の女性は腰を打撲、助手席の男性はろく軟骨を痛め全治4週間のケガとのことですが、これは積極損害に該当します。また、仕事を休んでいる間のお金に関しては消極損害に該当します。
相手の車の弁償は、物損に該当するということですね?
そうです!また交通事故の場合、慰謝料は入通院による肉体的、精神的ストレスによるものと考えられるため、ケガをさせてしまった時点で慰謝料にも該当します。
賠償金の支払い基準に従って請求されるってことは、確実に支払わなくてはいけないってことですか?
いえいえそうではありません!賠償金の支払い基準があるとはいえ請求されている金額が100%正しいわけではありません!中には、曖昧な根拠の請求も入っている場合もありますから、請求されている金額1つ1つの根拠を厳密に追求することで賠償金を安くすることができます。
なるほど、請求根拠が明確なものと曖昧なものとを見定めて疑問点については根拠をしっかり質問します!
なんとなく賠償金を受け入れるのだけは絶対だめです!気をつけてください!
過失相殺、逸失利益の項目に交渉の力を入れる
過失相殺とは損害賠償を請求する場合,被害者にも過失があった場合にその過失を考慮して賠償金を減額することをいいます。相手の不注意をどれだけ指摘できるかによって賠償金が変わります。
それは、過失割合です。過失割合は、事故が起きたとき発生した被害を当事者双方が、どの程度負担するかをいいます。つまり、過失相殺は賠償金からいくら安く出来るのか、過失割合は賠償金をいくらに分割できるのかという違いです。
逸失利益とは損害賠償を請求する場合、その損害賠償の対象となる事実がなければ得ることができたと考えられる利益。簡単に言うと、事故がなかった場合に被害者が仕事によって得たかもしれないお金のことです。
どうして過失相殺と逸失利益に交渉の力を入れる必要があるんですか?
過失相殺と逸失利益の項目は他の項目と比較すると裁量が大きいからです。たしかに、過失相殺と逸失利益は支払い基準が規定されています。しかし被害者は過失相殺をできるだけ少なく、逸失利益を多くしたいと考えます。そうなると、加害者との主張に違いが出てくるため保険会社どうしでの議論の余地が出てくるからです。なので根拠をとことん追求することで賠償金を安くすることが出来ます。
示談で終わらせる
被害者は加害者との示談交渉の内容に納得がいかない場合、具体的に下記の専門家に相談する選択肢があります。
いくつかの専門家例
- 自賠責保険・共済紛争処理機構
- 日本弁護士連合会
- 交通事故紛争処理センター
- 弁護士個人
加害者の場合、この中で一番気をつけなければならないのは弁護士に相談されることです。裁判になると賠償金が高くなります。
賠償金の支払い基準があるのにどうして裁判になると賠償金が高くなるんですか?
ある判例が出るまでは、裁判で加害者に賠償金の請求をする場合、賠償金は自動車損害賠償保障法第16条の3による賠償金の支払い基準の保障と下記の自動車損害賠償保障法15条の規定にしたがっていました。
保険加入者は、被害者に対する賠償金について自己が支払をした限度においてのみ保険会社に対して保険金の支払を請求することができる。
裁判では被害者が支払をした賠償金分の範囲でのみ加害者の保険会社に賠償金の支払を請求できるという規定です。判例が出る前までは、裁判の賠償金が示談交渉の賠償金より高くなることはありませんでした。しかし、下記の判例により裁判での賠償金の支払い基準に新たな規定が追加されました。
最高裁判所第一小法廷 平成23(受)第289号
自賠責保険金請求事件
論点:加害者請求の場合について支払基準を超える金額を裁判・訴訟などで請求できるのかという点について
判旨: 自動車損害賠償保障法15条の保険金の支払を請求する訴訟で、支払基準によることなく自ら相当と認定判断した損害額や過失割合に従って保険金の額を決めて支払を命じなければならない。
結論:加害者請求の場合、裁判所は自賠責保険の上限金額は規定するが支払基準は規定しない。
最高裁判所第一小法廷 平成23(受)第289号自賠責保険金請求事件
裁判になれば支払い基準の一覧表に関係なく支払基準が決まるということです。ですから、裁判になると賠償金が高くなる可能性があるため示談で解決したほうが賠償金は安くなります!
示談交渉後の準備
示談の和解契約は民法695条、民法696条、民法709条によって保障されています。
- 和解は当事者が互いに譲歩をして争いをやめることによってその効力が生じる。
- 当事者の一方が和解によって争いの目的である権利を有するものと認められ、また相手方がこれを有しない場合、その当事者の一方が従来その権利を有していなかった確証、また相手方がこれを有していた確証が得られたとき、その権利は、和解によってその当事者の一方に移転し、また消滅する。
- 故意や過失で他人の権利や利益を侵害した者は、損害を賠償する責任を負う。
たしかに、示談の和解の効力によって示談後は被害者と無関係になると考えられています。しかし、もしかしたら示談交渉後がもっと大変になるかもしれません。
示談交渉で和解したとしても、事故の後遺症が見つかれば別で賠償金を求められた場合、それに応じなければならないという判例が出てしまったんです。
最高裁判所第二小法廷 昭和40(オ)第347号
損害賠償請求
論点:示談当時予想しなかった後遺症等が発生した場合と示談の効力
判旨:交通事故による全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、早急に、小額の賠償金をもって示談がされた場合において、示談によって被害者が放棄した損害賠償請求は、示談当時予想していた損害についてのみとすべきであって、その当時予想できなかった後遺症等については、被害者は、後日その損害の賠償を請求することができる。
最高裁判所第二小法廷 昭和40(オ)第347号 損害賠償請求
示談後、被害者に賠償金を求められた場合、賠償金を支払わなければならない可能性があります。
事前に、示談後の規定を設けても判例によって効力が無くなる可能性もあります。対策として、示談後も被害者とこまめに連絡を取るのが良いでしょう。結局、最後は人と人の部分なのですから。
Epilogue
示談でたかしは、賠償金支払い基準より安い金額で和解にいたった。その後、相手は後遺症も無くその事故以来会うことは無かった…